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国際連合ができるまで②


 どうもこんばんはライネです。

 国際連合ができるまでの歴史をどこまで戻ればいいのか先生に聞いたのですが、
 やっぱりフランス革命まで戻るのはおかしいようです。
 逆に新しい!

 とはいえもう後には戻れないので、今日は第二夜ですよ。


 さて時は1882年、フランス革命やその後のナポレオンの登場で、
 ヨーロッパでやんちゃしていた当時のフランスをしばらく黙らせておくために、
 ドイツ、オーストリア、イタリアによる三国同盟が誕生しました。

三国同盟


 さて、この時その周りの国々の様子はどうだったのかというと、
 まずロシアですが、三国同盟からハブられてしまったため、むしろフランス側に付いたようです。

フランス・ロシア


 で、問題は産業革命によって世界最強状態だったイギリスです。
 単独では世界最強でも三国同盟やロシアフランス同盟が誕生したため、立場が危うくなりました。
 そこで、とりあえずアジアに近いロシアを黙らせようと、極東の日本と同盟を結びます。
 また、ドイツをどうにかしようと、それまでずっとケンカしていたフランスとも仲良くなります。

イギリスの対応

 イギリスのバックアップを受けた日本はアジアを目指してやってきたロシアを倒し、
 アジアをあきらめざるを得なくなったロシアとなら仲良くなれるかもしれないということで、
 イギリスはロシアとも関係を深めていきます。

三国協商


 こうして、イギリス、ロシア、フランスの「三国協商(さんごくきょうしょう)」が誕生しました。
 日本はイギリスや、戦争した後のロシアと協力関係にあったので、
 どちらかと言えば三国協商側に立ったのだそうです。

 こうして、ドイツ、オーストリア、イタリアの三国同盟VS、
 イギリス、ロシア、フランス、そして日本の三国協商という構図が出来上がりました。



 さて、そんなキナ臭いヨーロッパで事件が起こります。
 オーストリア帝国の後継者が暗殺されてしまったのです。

 怒ったオーストリアはドイツとともに犯人の居るセルビアに宣戦布告。
 セルビアと中の良いロシア、ロシアと同盟のフランスが反撃してくるまえに、
 とりあえずフランスは叩いておこうということで中立であったベルギーに進行。
 ベルギーと隣のイギリスも黙っちゃいられないということで参戦。

 という具合でヨーロッパを主な舞台とする第一次世界大戦へと突入しました。
 その中身は基本的に三国同盟VS三国協商だったわけですが、
 後に日本やアメリカも参加して取り返しのつかない事態となってしまいました。


 そうして戦争は三国協商+α側の勝利で終わるのですが、
 さすがにもう二度とこういう事態をおこさないように、
 「国際連盟(こくさいれんめい)」という国際的な平和を求める機関が誕生しました。
  
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