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インドの歴史⑤


 どうもこんばんはライネです。

 今日はちょっと新宿に遊びに行ったついでに、都庁ビルの展望台に昇ってきました。
 なんと太っ腹なことに無料で行けるので、隠れたスポットかもしれません。


 さて、今日はインドの歴史最終章、インドの独立から現在までを見て行きましょう。
 これまでの歴史を見てみると、インドでは広くヒンドゥー教が信仰されつつ、
 ムガル帝国のようにイスラームの王朝があり、国内で2つの宗教が信じられていました。

 少なくともムガル帝国の最盛期の頃までは王様はイスラームだけれども、
 ヒンドゥー教を信じたい人は自由にどうぞ。
 という形だったらしく、大きな問題には成らなかったようなのですが、

 ムガル帝国の終盤にはヒンドゥー教への弾圧が発生し、
 二つの宗教はだんだんと関係を悪くしていったようです。

1イギリス領インド

 そして、ムガル帝国の崩壊によってイギリスによる植民地となったインドでは、
 だんだんと反イギリスの運動が大きくなっていくのですが・・・

 国民全員で団結して反イギリス運動をされてしまうと大変なので、
 少数派のムスリムをバックアップすることで国民同士の対立をあおったのだそうです。
 支配する側から見れば、実に巧妙な手段だとは思いますが、
 残念なことに、国内の宗教対立はイギリスから独立するときに大きな問題となりました。

2インド分離独立

 というわけで、このような具合に3つに分離しました。
 正確には、セイロンはイギリスの一部として残ったので、
 インドと2つに分かれたパキスタンという方がいいのかもしれません。

 ちなみに、「イギリスの一部」という表現も難しいところなのですが、
 これについて説明すると、長くなるので次回説明します。


 さて、2つの地図を見ると、北西側の一部地域がインドでもパキスタンでもない地域になっています。
 ここが「カシミール」と呼ばれる地域なのですが、
 ここをどっちの領土にするのかということで、インドとパキスタンは分離した後も対立し、
 2回も戦争を行ったそうです。


 また、2つに分かれたパキスタンのうち、政治の中心にあったのは西側のパキスタンだったそうです。
 その結果、東側のパキスタンは、さらに独立するため動き出しました。
 とはいえ、独立しますと言って簡単に許してもらえるわけでもなく、
 おなじパキスタン同士での内戦が発生します。

 攻撃された東側のパキスタンの人々を見て、インドがこれを支援し、
 3回目のインド・パキスタン戦争が発生しました。
 その結果、東側のパキスタンはバングラデシュという名前の国として独立します。 

3パキスタン分離
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