スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

やんわり見るパレスチナ問題④


 どうもこんばんはライネです。
 やんわり見るパレスチナ問題、第4夜です。


 自分の国を失い、どの国でも弱い立場だったものの、
 経済的には成功することの多かったユダヤ人は2000年近くの間、世界各地で差別を受けます。

 そんな中、今から100年程前、「シオニズム運動」というものが始まりました。
 これはユダヤ人の国をパレスチナにもう一度作ろうというものです。
 そうすれば差別を受けることもなく、平和に暮らしていくことができると考えたわけですね。

 とはいえ、国を新しくつくると言うことは非常に難しいことです。
 ちなみにシオニズム運動が始まった当時、パレスチナは「オスマン帝国」という、
 いまのトルコにあたる国が支配している地域だったそうです。


 
 そんな中で、今からちょうど100年前、「第一次世界大戦」がはじまります。 
 第一次世界大戦について説明しだすと、また何日もかかってしまうので、
 とりあえず、大事な所だけ押さえておきましょう。

 これは、基本的には「ドイツ、オーストリア、オスマン帝国、ブルガリア」の同盟国と、
 「イギリス、フランス、ロシア」の連合国の戦争です。
 ちなみに日本は、イギリスと同盟を結んでいたので、連合国の仲間だったそうです。


 イギリスはオスマン帝国と戦争するにあたって、ユダヤ人の協力を得ることにしました。
 ユダヤ人の科学者であったヴァイツマンと言う人が火薬の原料を大量に作る方法を考案していたり、
 ユダヤ人のロスチャイルドという大銀行のオーナーがいたりと、
 ユダヤ人の協力が戦争の結果を左右すると考えたわけです。

 そして、協力を得る代わりに、もし、オスマン帝国に勝ったら、
 オスマン帝国が支配しているパレスチナにユダヤ人の国をつくってあげますよと約束したのです。

 これだけならば、そうしてパレスチナにユダヤ人の国ができました。めでたしめでたし。
 で終わるのですが、話は非常にややこしいことになります。



 実はイギリスはオスマン帝国と戦争するにあたって、もうひとつ約束をしていたのです。
 それが、オスマン帝国によって支配されていたアラブ人に、反乱を起こすように頼んだのです。

 戦争中に内部から反乱が起これば、イギリスにとって有利に戦争ができます。
 その代わりに、もし、オスマン帝国に勝ったら、
 オスマン帝国が支配しているアラブ地域を独立させてあげますよと約束したのです。


 ここで問題なのは、パレスチナにはたくさんのアラブ人が住んでいたというところです。
 オスマン帝国に勝ったイギリスは約束通り、パレスチナでユダヤ人が自由に住めるようにしましたが、
 そこにはアラブ人もたくさん住んでいました。

 当初は、ユダヤ人とアラブ人が上手い具合に共存していたのですが・・・ 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

つぶやき
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
のべ閲覧者
姉妹サイトへ
Geographico+

地理の問題集ブログ。
難易度は大学入試くらい?
(諸般の都合で開店休業中)



Geographic@!
もうひとつのGeographico!
楽しく学べる地理小説?
地理の質問募集中

名前:
メール:
件名:
本文:

ラグナロクオンライン
海外いろは
海外赴任・留学・出張の総合情報サイト - JCMの「海外いろは」 海外赴任の総合情報サイトです。海外赴任時の出発までの準備、現地での生活、子供の教育、そして日本への帰国に至るまでの情報を掲載しています。また、海外留学・海外出張に関する情報も掲載しています。
管理用
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ページワープ機能

Designed by 石津 花

最新コメント
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。