スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

洪積台地と江戸時代

 どうもこんばんはライネです。
 今日は洪積台地の土地利用の続きですよ。

 洪積台地上は水が手に入りにくいというわけで、あとはもう他の地形の時と一緒です。
 水が手に入りにくいとなれば、畑や果樹園というのはお決まりのパターンですね。

洪積台地の土地利用


 さて、そんな洪積台地ですが、いつまでも人が住みつけないという訳ではなく、
 現在はばっちり住宅地になっているようです。

 いつごろからそうなったのかと調べてみると、
 どうやら日本では江戸時代くらいには住宅地になっていったのだとか。

 この頃に人が住むようになった理由は2つあって、
 ひとつは土木技術が発達して、深い井戸が掘れるようになったこと。
 そしてもうひとつは、江戸という町の規模です。

 江戸は今でいうと日本の首都機能を有する大都市だったわけですが、
 一説には最盛期の江戸は当時世界一の人口を有していたそうです。

 そんなに多くの人口を養うためには、最低でも食料を確保しなければいけませんが、
 江戸時代の日本は鎖国をしていたわけで、どこからか輸入するわけにもいきません。

 結果的に、自分たちで食べる物は自分たちで作らねばならず、
 かといって当時の輸送技術ではそれほど遠い所に畑を作っても運びきれないわけで、
 江戸周辺の土地を開拓して、農地にしなければいけなかったわけです。


 このような理由から、洪積台地は農地を中心に開拓されたそうです。
 ちなみにこの当時に誕生した農地を伴う住宅地を「新田集落」と呼んでいます。

 最低でも100年以上昔の住宅地なのに「新」という文字が入っているのは変な気もしますが、
 それ以前に作られた農地に比べて新しいという意味合いでしょうかね。



 先生の話によれば、水を確保するために台地の上に人口の川(用水)を作ることもあって、
 それが私の住んでいる近くでもみられるそうです。
 最近暖かくなってきたので、今度実物を見てきたいと思います。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

つぶやき
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
のべ閲覧者
姉妹サイトへ
Geographico+

地理の問題集ブログ。
難易度は大学入試くらい?
(諸般の都合で開店休業中)



Geographic@!
もうひとつのGeographico!
楽しく学べる地理小説?
地理の質問募集中

名前:
メール:
件名:
本文:

ラグナロクオンライン
海外いろは
海外赴任・留学・出張の総合情報サイト - JCMの「海外いろは」 海外赴任の総合情報サイトです。海外赴任時の出発までの準備、現地での生活、子供の教育、そして日本への帰国に至るまでの情報を掲載しています。また、海外留学・海外出張に関する情報も掲載しています。
管理用
検索フォーム
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
ページワープ機能

Designed by 石津 花

最新コメント
最新トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。