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中世のアジアの地図

 どうもこんばんはライネです。

 異常に寒いです。
 手が上手く動かずに、文字を打つのも一苦労です。
 それもこれも、部屋の暖房装置がコタツしかないのが原因なのですが。
 
 なんというかエアコンの冷たい空気は大丈夫だったのですが、
 暖かい空気が苦手なんですよね。
 石油ストーブも苦手ですし、電気ストーブは電気代がきになりますし、
 慣れ親しんだ暖炉みたいなやつがあればいいのですが…



 さて昨日は突然の旅行を記事にしましたが、まだまだ話の途中で、
 やっと中世の話をできるようになっただけです。
 でも、おとといの記事で、キリスト教が力を持った理由がわかりましたね。


 というわけで中世です。
 元々アフリカで誕生した人類が、ゆっくりと住む場所をふやし、
 当時でも、地球のほぼ全域で生活していたわけなのです。

 ヨーロッパ(キリスト教地域)とイスラム地域に関しては、
 距離的に近いものもあり、また歴史的にも共通の宗教であったため、
 お互いの地域を把握していました。
 
 けれどもユーラシア大陸のなかでも中国との関係がちょっとある程度で、
 南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸はまだまだ未発見でした。
  ※あくまでもヨーロッパ・イスラム圏からの未発見で、
   この地域でも現地に人は住んでいます。

 
 そんな中世の時代で、ユーラシア大陸を覆うような超大国が誕生します。
 その名も「モンゴル帝国」!

 ローマ帝国の時は地中海を取りかこみ、平和に航海できるようになりました。
 これをローマによる平和という意味で「パクス・ロマーナ」といいましたが、
 同じようにユーラシア大陸の東西をつなげるモンゴル帝国によって、
 「パクス・モンゴリカ」と呼ばれるような平和な交易ができるようになります。

 そのため、たとえば「マルコポーロ」さんのように中国まで旅をするヨーロッパの人が
 あらわれて世界観がかなり広がりました。
 
  
 その結果、今から600年くらい前に、モンゴル帝国の領土だった李氏朝鮮で作られた、
 地図の「混一疆理歴代国都之図(こんいつきょうりれきだいこくとのず)」のように、
 アジア側の地図でもヨーロッパやアフリカのことが描かれるようになったようです。

中世アジアの地図
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合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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