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ローマを知るならテルマエ・ロマエ!

 当初は気付いたこと、疑問に思ったことを調べてメモに残したいと思っていたのですが、
 なんだか、予想外に地理なブログになってますね。

 森羅万象、謎に思うことを探究するのが学問です。
 そして「高杉さん家のおべんとう」曰く、その学問のお母さんが地理だそうです。
 なお、お父さんは哲学らしいです。

 ということは、疑問に思ったことを調べようとすると、それが地理になってしまうことは、
 ある意味、必然なのかもしれません。


 ただ、こちらの世界の最近の学問の傾向としては、
 もっともっとそれが細分化されたもの、役に立ってお金になるものが優先されるそうです。
 その結果、学問の両親であった哲学や地理は下火になってしまっているらしいです。
 そういうことなら、地理向上のためにも私のブログが少しは役に立ってくれるといいなと思います。

 というわけで、明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。
 ライネ・フラトゥース


 昨日はあれから、除夜の鐘を突きに行ったのですが、
 どういうわけか、先生の家の近所のお寺では年が明ける前に1発、
 のこりは明けてから突いていました。
 お寺によって作法が違うのかもしれません。

 こういう実体験が伴う知識は地理の醍醐味ですね。
 醍醐味と言えば、無料でふるまわれていた甘酒が美味しかったです。



  
 さて、中世という時代の地図、というか世界観の話の続きと行きましょう。
 今日の話は、しっかり話そうと思ったらたぶん1週間以上かかってしまいそうです。
 というわけで、あっさりさっくりと必要な部分だけを抽出してまとめたいと思います。


 では「中世」という言葉をもう一度おさらいしておきましょう。
 まずこの言葉は地球全体での歴史上のひとつの時代を示す言葉ではないそうです。
 「中世の日本」と言う場合もありますが、基本的に前後に何の言葉も付いていない場合は、
 「ヨーロッパの」という言葉が隠れていると考えてください。
 ようするに、ヨーロッパの時代区分のひとつなのです。

 それじゃあ何を持って中世とするのかというと、
 調べれば調べる程、諸説あって混乱するので、最大公約数的な説明をするならば、
 「西ローマ帝国の滅亡から、東ローマ帝国の滅亡までの時代」と言えるようです。

 そうすると今度は「西ローマ」とか「東ローマ」ってなんなのさ。
 という疑問が出てきますので、こちらもさらりと説明しましょう。



 さらりと説明するために役に立つのは、何と言っても「テルマエ・ロマエ」です。  
 やっぱり漫画はすごいですね。
 おかげでイメージが持ちやすいし、、頭の中に入れなければいけない情報量が少なくて済みます。
 あの時代がまさしくローマ帝国の時代です。


 始まりは、今から2750年前くらいにイタリア半島の今のローマの位置に作られた小さい国です。
 この時は王様が支配していたので後々の国と区別するために「王政ローマ」と呼んでいます。

 これが今から2500年前くらいになると、王様を追放してみんなで国をまとめるようになりました。
 ある意味、昨日の「大化の改新(有力豪族の暗殺・天皇中心国家の形成)」の真逆ですね。
 一応のトップはいるものの、あくまでも元老院という代表者によって政治が決められていきます。
 今の日本も限りなくこれに近いかもしれませんね。(厳密には違うそうです)
 これを「共和制ローマ」と呼んでいます。

 この共和制ローマですが、今から2300年前くらいになると、だんだんと強くなっていきます。
 結果、ひとつの都市サイズの小さな国だったローマは、
 現在のイタリアとほとんど変わらないくらい大きな国になります。

 ところが急速な繁栄は色々な問題をはらんでいました。
 腐る政治、対外戦争で荒れる農地、所得格差の拡大などなどの理由で内乱がはじまります。

 この状況に対し、カエサルという人が強力な権力を集中し独裁することで、
 一応のまとまりは生まれますが、独裁って恨まれることも多いわけです。
 あっさり暗殺されてしまいます。

 で、カエサルさんの孫の従弟であり、後継者である「オクタヴィアヌス」さんが、
 カエサルさんとツートップを張っていたアントニウスさんを追いやり、トップに立ちます。

 オクタヴィアヌスさんは元老院を尊重して共和制を維持しようとしていたようなのですが、
 元老院側は「こんなに素晴らしい人はそうそう居ないよ(意訳)」という意味の、
 「アウグストゥス」の称号を与えて、実質的に全ての権限を渡してしまいます。

 とはいえ「テルマエ・ロマエ」でも解るように、
 皇帝が何をやってもいいくらい偉いというわけではなく、あくまでも市民と元老院の代表者なので、
 ローマ市民には演劇を見せたり拳闘を見せたり、公衆浴場を整備したりして人気を得る必要があり、
 人気を損なうと、「(実際に)死ねよ!」と言われたようです。

 これが共和制ローマの終焉で、ここからを「帝政ローマ」と呼んでいます。
 まさしくこれがローマ帝国です。
 これが今から2050年くらい前。
 今がちょうど西暦2013年で、西暦というのがキリストの誕生を始まりにするわけなので、
 まだまだキリスト教そのものは誕生していない時代ですね。


 では、「テルマエ・ロマエ」の時代はいつかというと、これはもうちょっと後の様です。
 ざっくりとの説明だったのですっ飛ばしてしまいましたが、すでにオクタヴィアヌスさんが
 アウグストゥスとなった時には、地中海をぐるっと囲む巨大な国になっていました。  

ローマの範囲

 図の紫色のローマがさっきの大体2300年くらい前の状況。
 以下、全てを話すと、とんでもなく長くなるので簡単な解説になります。

 ・カルタゴ:ポエニ戦争で勝つ。(だいたい2200前)
   「ドリフターズ」のハンニバルとスキピオさんがぶつかった戦いです。

 ・マケドニア:ポエニ戦争中に同時にマケドニア戦争もして勝つ。
   マケドニアはギリシャ人の国。

 ・エジプト:敵対していたものの、カエサルさんが王女様を喰う(性的な意味で)   
   この王女様が有名な「クレオパトラ」さん。
   結局、子供が生まれてひとつの国になっちゃう。

 ・シリア:ローマ・シリア戦争で勝つ。
   しかもローマは内乱中。
   どうやらシリアもギリギリの状況だったみたい。


 んで、オクタヴィアヌスさんがいなくなった後、大体いまから1900年~1800年前が、
 このローマ帝国の最盛期です。
 灰色の範囲すべてがローマ帝国の支配下にあります。
 もちろん、その範囲の中にあるいくつかの地域も、前述の流れでローマ帝国です。

 なお、この時期に5人連続して才能のある皇帝がいたので、五賢帝の時代と言われています。
 「テルマエ・ロマエ」に登場するハドリアヌスさんは3番目。
 若くて才能にあふれていると評される子供のマルクス・アンニウスくんが5番目が皇帝です。

 
 おっと、もうお時間です。
 やっぱり、時間がかかってしまいますね。
 というわけで続きは明日!
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先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
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合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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