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寛政の改革


 どうもこんばんはライネです。

 江戸幕府10代目の将軍、徳川家治(吉宗の孫)の時代、
 主に政治を行ったのは、将軍本人というより、
 将軍の側近である、「田沼意次」という人でした。


 それまで幕府の資金源は、主に農民の作る米(年貢)だったのですが、
 田沼さんは、商人など土地がなく、米も作らないけれど、
 ある程度収入のある人から税金を回収するようにしたようです。

 そのためにも商業を発達させ、経済の立て直しには成功したらしいのですが、
 お金中心の世の中になったことで、賄賂の問題が大きくなったようです。

 また、このころにも江戸の大火事や火山の噴火などがあり、
 田沼さんの政治は批判をうけて、辞めてしまいます。



 ちなみに将軍の方は跡継ぎだった子供が亡くなってしまい、
 昨日説明した吉宗さんの子孫、一橋家から養子をもらって、
 その人が第11第江戸幕府将軍、徳川家斉となりました。

 家斉さんは当時まだ15歳だったので、政治は白河藩(福島)の藩主で、
 やっぱり吉宗さんの子孫だった「松平定信」さんが政治を取りまとめました。


 松平さんの政治は、吉宗さんの行った享保の改革に似ていて、
 (吉宗さんの改革そのものは家康さんの考えに近かった)
 やっぱり農業中心で贅沢なくらしをやめるなど、真面目な政治だったようです。

 これを寛政の改革というのですが、松平さんが白河藩の人だったので、
 「白河の清きに魚の住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき」と言われてしまうほど、
 厳しいものでした。



 なお、当の家斉さんですが、相当なアレだったようで、
 記録としてのこるだけでも奥さん16人に、子供が50人ほどいたようです。
 確かに、将軍家を長く続けるには子供をたくさん作るにこしたことはないのでしょうが、
 そのせいで、幕府の財政がかなり大変なことになったようです。
 
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合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
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