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武断政治から文治政治へ


 どうもこんばんはライネです。


 江戸時代と一言に言っても長い時代ですので、
 いくつかに分けてみていきましょう。

 昨日までの話はだいたい徳川家康の孫にあたる、徳川家光までの時代。
 つまり江戸幕府の三代目将軍までの時代のお話で、
 このころまでに平和な江戸時代の基本がいろいろと整備されたようです。

 これを「武断政治」といって、
 要するに武力をもって、言うことを聞かせる政治でした。
 反対する勢力は潰して、江戸幕府を脅かす要素をことごとく排除したわけです。



 ところが三代目将軍の跡を継いだ四代目の将軍、徳川家綱は11歳で将軍となったため、
 優秀な側近がいたとしても、幕府に反対する勢力を押さえつけるのが難しくなりました。
 そこで、「文治政治」というものに変化します。

 大雑把に言えば文治政治とは、「儒教的」な上下関係による支配です。
 「道教と儒教のちがい」あたりから読み直してもらえればわかると思うのですが、
 ようするに、人を思いやって、真面目に生きましょうという教えです。

 
 力で押さえつけるのではなく、人として大事なルールを導入することで、
 政治を安定させたわけです。


 とはいえ、それだけではなく、
 主人が亡くなったあとに一緒に死ぬ風習をやめさせたり、
 経済の立て直しもおこなわれたようです。
 
 

 この方針は五代目の徳川綱吉も引き継ぎ、
 儒教を勉強できる施設をつくったり、礼儀を大切に考えたり、
 それまで押さえつけていた天皇への対応も和らいだのですが、
 ひとつだけ困ったことに、「生類憐みの令」という法律がつくられました。

 ようは仏教的な教えで、殺生を禁止する法律なわけですが、
 いきなりそんな法律ができてしまって、一般人は困ったようです。

 今でも、生き物を殺すのは良くないこととはわかっているけれど、
 それを強制されてしまうと大変ですよね。



 加えて、綱吉の時代は自然災害も多く、
 これは綱吉の政治が悪いからだと考えられたようです。

 ついでに、同時期に水戸光圀(水戸黄門)という時代劇のスーパーヒーローがいたため、
 どうしても悪者として描かれガチなのだそうです。
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Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
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合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
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