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藤原氏の世界


 どうもこんばんはライネです。


 私の感覚は、この世界での普通の感覚とは少し違うと思うので、何とも言えませんが、
 少なくとも先生はご両親からほとんど独立して生活しているので、
 滅多なことでは実家に帰ろうとしません。

 ところが平安時代の貴族の場合、親戚一族というか、
 家族よりも大きな集団があったのだそうです。

 こういう一族の単位を「氏(うじ)」と呼んでいて、
 その地方の偉い人の一族だったり、政治的に重要な役割をもった一族だったり、
 天皇から直接名前をもらった一族だったりするようです。

 昨日登場した藤原一族(藤原氏)もそういう集団のひとつだったわけですが、
 平安時代にはもうひとつ、少し変わった家族のかかわり方があったようです。


 ごくごくたまに、先生自身のおじいさんの話を聞くことがあります。

 もう亡くなった方らしいのですが、最新家電への理解が強い方だったらしく、
 小さいころからおじいさんの技術を見てきた先生は、
 テレビと録画機などを結ぶ回線がどんなに複雑でも即座に理解して組みなおせるという
 特殊能力を培ったのだそうです。
 
 先生のおじいさんの話はさておいて、どうやらこ方は父方のおじいさんらしく、
 先生の母方のおじいさんの話は、たぶん一度も聞いたことがありません。

 回りくどく話してしまいましたが、要するに先生の例を参考にすると、
 父方の家族との付き合いのほうが近いようです。

 調べてみたところ、少なくとも明治時代から昭和の頃までは、
 結婚したら女は男性の苗字をもらって、男性の家の人間になるというのが一般的だったようです。
 
 
 
 ところが平安時代の場合は、生まれた子供は母親の家で育てられるのが一般的だったらしく、
 藤原一族のリーダーだった藤原道長、藤原頼道親子は、自分の家の女を天皇と結婚させて、
 その子供、つまり未来の天皇を自分の家で育てることができたのだそうです。


 藤原氏と天皇



 本人は天皇になれないけれど、68代・69代・70代目の天皇は道長の孫、
 71代目の天皇はひ孫にあたります。
 母親の家で育て、その母親の家で一番偉いわけですから、
 日本で一番偉いのは天皇ですが、天皇が逆らえない一族のトップになれたわけです。

 これほどまでの権力をもった藤原氏に逆らえるほかの一族はおらず、
 道長は「この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思へば」
 という歌を読むほど、日本の中心だったのだそうです。
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先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
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合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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