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摂政と関白


 どうもこんばんはライネです。

 現在は平安時代の集落について調べております。
 結論だけ述べてしまうなら、私有地から発展した荘園の話になるのですが、
 この流れを説明するのが、日本の歴史に疎い私には難しいのです。


 平安時代が始まって100年経った頃には税金の回収方法が変わったという話でしたが、
 実はこの頃、国の中央では地方のことまで管理できなかったのだそうです。
 
 
 というのも、この頃、天皇よりも偉い人が国の中央にいたのだそうです。
 その名も「藤原頼道(ふじわらのよりみち)」という人です。

 この人は大化の改新を推し進めた中心人物、「中臣鎌足(なかとみのかまたり)」という人の子孫です。
 中臣鎌足さんは、その功績から「藤原」という名前をもらって「藤原鎌足」と名乗るのですが、
 この人の子孫である、藤原一族(藤原氏)というのは、その後も天皇の近くで活躍していきます。



 さて、少し変わってこの頃の日本の政治システムのような話になるのですが、
 国の中心にいるのは天皇です。

 でも天皇が国のすべてを見渡すことなんてできなかったわけで、
 いろいろと補佐をする人たちがいたわけなのです。

 ですが、例えばそもそも天皇がまだ幼い場合、補佐するだけではうまくいきません。
 「陛下、今年の収穫量はこれくらいですが・・・」
 「そんなことより、お菓子食べたい」
 じゃ、政治どころじゃありませんよね。

 そこで、天皇が何らかの理由で仕事ができない場合、
 「摂政(せっしょう)」という役割が作られるのだそうです。
 これは現在でも同様なのですが、基本的に現在は摂政になれるのも皇族だけのようです。
 ところが、平安時代には皇族ではないけれど摂政になる人が登場します。


 また、天皇が自分ひとりで政治が行える状況でも「関白(かんぱく)」という、
 天皇に代わって政治を行う役割がありました。

 一時的に、摂政や関白を置かないで政治を行った天皇が
 学問の神様になった「菅原道真(すがわらのみちざね)」さんを採用しますが、
 再び摂政や関白という役割は復活します。

 しかも、その役割につく他の一族を排除して、藤原一族が独占するようになっていったのだそうです。
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