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尺貫法とメートル法


 どうもこんばんはライネです。

 7月末から8月の頭にかけて暑すぎると言い、8月中旬には雨が降らないと嘆いていたら、
 8月末から急に寒くなり、毎日のように雨が降るようになってしまいました。
 さらに、寒い寒いと言っていたら今日は少し気温が高くなったのにこの雨です。
 湿度が90%を超えてしまい、生きる気力がめりめりと減っていきます。
 というわけで、もう曖昧なことは言いません。

 気温は23度くらい、湿度50%くらいの爽やかな風が吹くような気候になれ!
 

 
 冗談はこのくらいにして、交通編第二回目です。
 昨日は旅客と貨物の話をしましたが、この分類は「本人以外の運ぶ人」が居なければ成り立ちません。
 いったいいつの時代から「運ぶ人」が登場したかはわかりませんが、
 すくなくとも大昔から交通の基本は「自分の足」だったわけです。

 ちなみに、江戸時代の人は東京から大阪まで「東海道」という道を2週間歩いて移動したようです。


 江戸時代の運送業にして通信業でもあった「飛脚」という人たちは、
 途中途中でリレーして、3日くらいで東京・大阪間を移動したと言われています。
 それが今では新幹線で3時間だというから、凄い世界ですね。


 もうひとつ面白い話として、日本の古い単位に「里(り)」というものがあります。
 日本だけでなく中国の影響を受けた地域には里など「尺貫法(しゃっかんほう)」という単位があって、
 これが今でもボチボチ残っているわけですが、これが結構興味深い。

 時代や地域によって尺貫法が示す長さや重さには違いがあるのですが、
 現在では1里はおおよそ4km弱(3927.27メートル)とされています。
 実はこれ、1時間で歩く距離とだいたい同じくらいなのだそうです。

尺貫法


 東海道の江戸から京都までは125里ほどあったそうなので、これを14日で移動するとなると・・・
 だいたい1日9里、毎日9時間も歩くことになるのですか。
 それはそれはお疲れ様でした。


 実は1時間ほど、グーグルアースで東海道をたどってみたのですが、
 国道1号線に沿っているとはいいつつも、車1台が通れるくらいの狭い道だったりして、箱根で断念しました。
 江戸時代の人、本当にすごいや・・・。
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江戸時代の通信手段


 どうもこんばんはライネです。
 
 少し前に電話の話をしましたが、
 一般的には、1876年に「グラハム・ベル」さんが発明したと言われています。
  ※諸説あるようです。


 ちなみに1876年は明治9年なので、江戸時代には電話というものは存在しなかったわけです。
 ということは、それ以前は「交通」は「通信」、つまり情報を伝える手段でもあったと、
 考える事ができるわけですが、ちょっと待った。

 情報を伝える手段は、「郵便」つまり「人が手紙を運ぶこと」もありますが、
 それ以外の方法も古くから使われていたのだそうです。


 一番手っ取り早いのは「大声」、「警報」など音による方法があります。
 今でも夕方になると、もの悲しい音楽と共に時間を教えてくれたり、
 「小学生が帰る時間だからみんなで見守ろう」みたいな放送が流れてきますね。

 あれもひとつの通信手段だと思います。
 例えば、100mくらい離れた位置に太鼓を打つ人を待機させておいて、
 「ドン1回はア、2回はカ」、「カッ1回はア、2回はイ」みたいな表があれば、
 離れた人にメッセージを送ることも可能なわけです。

音で通信


 ということは光も使えます。
 夜の間に火を使って情報を使えることもできれば、
 江戸時代には既に「旗振り通信」と言うものがちゃんとあったのだそうです。

 たまたま以前「タイムスクープハンター」で見たのですが、
 何人もの旗振り職人さんが見はらしの良い山に登って、伝言ゲームのように旗を振って、
 お米の値段を他の街に知らせていたそうです。


 あとは煙も使えますね。
 いわゆる「のろし」と呼ばれる連絡手段です。


 実は「モールス信号」という音でも光でも使える通信手段があるにはあるらしいのですが、
 電話や無線の発達した現在では、もう既に豆知識の領域に入りかけているもののようです。
 (知っていればたまに役立つこともあるくらい?)

 ちなみに、覚えておいて損はないモールス信号を、先生が教えてくれました。
 「短く3回、長く3回、短く3回の信号(音でも光でも)」は、「助けて!」の合図なのだそうです。

 「さすが豆知識のおに」ですね! 

一番最初の交通


 どうもこんばんはライネです。

 ヒトはどうやらアフリカから全世界に移動したと言われているので、
 考えてみれば人の移動(交通)は、歴史が始まる前からあったのでしょう。


 そもそも、一番最初は食べ物を手に入れるためにあっちこっちに動いていたわけですし、
 遊牧をしている人なんかは常に移動しているわけです。
 わざわざ「交通」するようになったのは、むしろヒトが1カ所に暮らすようになって、
 改めて必要になったものなのかもしれません。

 今日は歴史に残る「交通」(人の移動)について調べてみたのですが、
 いくらでもあり過ぎてどこから紹介していいか分からない程です。


 例えば日本と他の国との交通で言えば、
 西暦600年には「遣隋使(けんずいし)」という留学生は隋(中国)まで行っているし、
 ほぼ同じころに建てられた奈良県の「法隆寺(ほうりゅうじ)」には、
 ギリシャで考えられたものと同じ形の柱(エンタシス)があるそうです。
 また、中国でも同じ頃に「玄奘三蔵(三蔵法師)」が、インドへ旅をしています。

 もっと古い時代にも、アレクサンダー大王が地中海からインドの手前まで行っていますし、
 かかる時間はどうあれ、以外と世界の交通は昔から活発だったのかもしれません。


 ちなみに、山梨県にある「慶雲館(けいうんかん)」という旅館は、
 世界最古の宿泊施設といわれ、創業は705年。
 ということは、少なくともその頃には「宿泊地」があったわけです。

 今でも宿泊可能だそうですが、
 先生の旅行はビジネスホテルかネットカフェ派なので、ご縁は無さそうです・・・。

道①


 どうもこんばんはライネです。
 今日は「道」についてのお話しです。

 徒歩という交通手段は、それこそ山でも森でも草むらの中でも使えるのですが、
 人が何度も通ると、自然と「道」が出来上がります。
 さらに便利な「道」はもっと通りやすいように整備されて、多くの人が通れるようになるわけです。
 
 整備したものはさておき、道そのものは勝手に出来上がる物なので、いつからあったかはわかりませんが、
 既に2000年以上昔から、ユーラシア大陸を横断するほどの道、いわゆる「シルクロード」があったそうです。

 ただし、気を付けないといけないのは、シルクロードは一本道ではありません。
 「古代のヨーロッパとアジアをつなぐ道(海路も含めて)」全般を言うそうです。
 

 日本に目を向けてみると、「古道(こどう)」と呼ばれる古いふるい道がたくさんあるようです。
 世界遺産にも登録されている「熊野古道(くまのこどう)」なんかは知っている人も多いと思います。

熊野


 この道は、和歌山県の熊野にある神社に行くための道で、
 今から1000年くらい前に上流階級の人々の間でこれらの神社に出かけるのが流行ったそうです。
 ちなみに、これらの神社の神様に使えているカラスは現在、サッカー日本代表を守っています。


 あとは、去年の北陸旅行で乗った大糸線
 あの、とてつもない線路のすぐ近くには「塩の道」と呼ばれる千国街道があるそうです。
 どうやら日本海から長野県に塩を運ぶのに使われた道らしいのですが、
 電車に乗っていても生きた心地がしなかったのに、狂気の沙汰だと思います。

人による交通


 どうもこんばんはライネです。
 今朝、アマゾンさんから大きな荷物が届きまして、
 寝こけている先生に変わって受け取ったのですが、
 中身は「麦のソーダ」という飲み物が24本も入った段ボールでした。

 ご相伴にあずかっておいてなんですが、薄くてちょっと甘い炭酸入り麦茶でした。
 全くダメというわけでもないのですが、なんでそんなに大量に買い込んだのでしょう・・・。


 先生が言うには、先生の若い頃に「メッコール」という似たような飲み物があって、
 これが意外と癖になる味で、一般受けされないと分かったうえで、たまに飲みたくなるくらいには
 好きだったのだそうです。

 現在ではメッコールは滅多に手に入らないものらしく、
 ヴィレッジヴァンガードなどで見かけると、手に取ったり取らなかったり、
 「世界一美味しいコーラはキュリオスティコーラじゃねえだろう」と暴言を吐いたりしています。

 んで、この麦のソーダをもっと甘くしたようなのがメッコールらしく、
 むしろ大人の味覚で、メッコールを薄くしたような麦のソーダはストライクだったそうです。
 けれども、好きな本人が「一般受けしないだろう」と自覚しており、
 そのうち生産されなくなるだろうから段ボールで買ったのだそうです。



 さて、今日も交通について見ていきましょう。
 一番単純な交通手段は、人自身が歩くことでしたが、その次のあるのは、
 「人自身が人を運ぶ」という交通手段です。

 さすがに一般人でも利用できるような、「おんぶや抱っこで運ぶ交通」は割に合わないというか、
 だったら自分で歩けと言いたくなるのですが、もしかするととてつもなく偉い人だったら、
 そういうこともあるかも知れません。
 とはいえ、実際に「肩車」で人を運ぶというものはあったようです。
 

 江戸時代の話になりますが、「大井川」という川がありました。

大井川

 この川は技術的な問題もあったようですが、むしろ簡単に渡ることができないように、
 国(江戸幕府)によって「橋を作ってはいけないし、渡し船もダメ」と決められていたそうです。
 簡単に渡れてしまうと、それだけ大軍が攻めて来やすいわけですしね。 
 
 そこで大井川を渡るためには、川を渡るための専門家に頼まなければいけなかったようです。
 渡り方には色々な方法があったようですが、一番単純なのが肩車方式だったそうです。

 その他になると、御神輿のようなものに乗って持ち上げてもらうなど、
 このあたりは「JIN」の中にもでて来ましたね。

 
プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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