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香港もAPECに加盟しているの?


 どうもこんばんはライネです。

 さて今日は、というかこれを書いている時点では明日は、
 いつ更新できるか読めないので、旅の途中ではありますが、
 通常通りの内容を進めていきますよ!


 前々回、かなり大雑把な中国の歴史を説明して、清までこぎつけましたので、
 今日は「香港」について見ていこうと思います。

 中華民国のひとつ前の時代、「清」のころ、中国(清)はイギリスと戦争をします。
 その名も「阿片戦争(あへんせんそう)」。
 
 このあたりは、もやしもんの中でも少し触れられていましたが、
 当時の中国(清)はイギリスにお茶などを大量に輸出していました。
 けれども、イギリスはお金(銀)で輸入代金を支払うのをケチり、
 物々交換という形で貿易しようとしたようです。


 そして、中国から輸出されるお茶に対して、
 イギリスが売ったものというのが「阿片(あへん)」という麻薬だったわけです。
 ※正しくはイギリスが直接販売したのではなく、植民地のインドが販売した。

 一方、中国からしてみると、国内に入ってくるのは麻薬です。
 吸引することでどんどん、国内の人間がダメになっていくのは何とかしないといけない。
 ということで、中国はかなり強気の姿勢で麻薬の輸入禁止を行いました。

 そうなると困るのはイギリスです。
 さすがに「麻薬を売れなくなったから」という理由では
 イギリス国内でも反対の意見もあったようですが、
 最終的に、貿易関係のこじれから、戦争へと発展してしまったわけです。


 ちなみに、当時の中国は実際に戦ったら強いだろうと思われ、
 「眠れる獅子」と呼ばれていたのですが、
 イギリスには太刀打ちできず、あっさりと負けてしまいます。


 こうして負けた中国は徹底的にイギリスに有利な条約を結ばされ、
 とうとう「香港」がイギリスの植民地となってしまいます。


 この植民地としての香港はある意味では現在も続いているのですが、
 少なくとも20年ほど前の1997年までは完全にイギリスの植民地でした。
 実は香港は1991年にAPECに加盟しているのです。


 その後、1997年にイギリスから中国に返還されることになったわけですが、
 急に国が変わっては住んでいる人も大変だろうということで、
 50年間、つまり2047年まで香港は、中国ではあるけれども、
 「自分たちで政治を行ってもいいし、国際組織に別に参加してもいい」
 というような権限をもらっているわけです。

 ですので、APECには香港という地域ではあるものの、参加が続いているわけですね。
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名古屋に行ってきたんだみゃー


 どうもこんばんはライネです。

 ベタですが、名古屋に来たので名古屋城ということで、
 ものすごく暑い中、名古屋城見物に行きました。

Nag01.jpg

 どうやら名古屋城は現在修復中らしいのですが、
 写真に写っているお城そのものは修復作業をしておらず、
 中に入ることができました。

 といっても、外見に対して中は博物館のような感じになっていて、
 昔のままの姿で残っているわけではありませんでした。
 戦争の時に焼けてしまい、その後作り直したのだそうです。


 なお、修復中なのはお城の周りにある建物で、
 こちらは中身も昔と同じような作りになるようにしているようです。

nag02.jpg


nag03.jpg

 まさにへうげものの世界ですね。

 修復直後ということもあってか、まさしく新築というか、
 建物の木が真新しそうでした。

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 また、建築途中の部分も見学することができるようになっていて、
 これはこれで今しか見ることのできないものだと思います。

nag05.jpg

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 そして、名古屋に行ったらおすすめされたのが、コメダ珈琲のシロノワールです。

nag07.jpg

 美味しいけど、ひたすら甘い!!!
 しばらく甘いものはいいやと思うくらい甘い!!!
 先生は私のを少し食べて、頭が痛くなったようです。

 かと思うと、すでにもう一度食べたくなっている自分がいます・・・。

大阪にも行ってきたんやで


 どうもこんばんはライネです。
 名古屋はあくまでも途中に寄っただけで、今回の旅の最終目的地は大阪でした。
 しかも、全国的に今年一番の暑さと言われる中・・・。

 とはいえ、先週のさいたま市の方が暑かった気がします。


 去年、大阪に来たときは大型の台風がやってきており、
 観光どころではなかったのですが、
 今年は今年で暑すぎて出歩けないというような状況でした。

 とりあえず、いろいろと気づいたことがあるのでご報告いたします。


 大阪の街(特に繁華街だけだと思いますが)は派手!

oo1.jpg

 目立たなければ勝ち残れないとでも言いたいかのように、
 看板と言っていいのかわからないものが大量に見下ろしていました。

 ついでに、今年も串カツを食べさせていただきました。
 
oo2.jpg


 あと、これは名古屋でも思いましたが、
 東京に比べると、地下鉄が素直でわかりやすいのはいいですね。
 あと、新快速というのがありまして、
 大阪と京都が新幹線並みの速さで移動できるのも魅力でした。

 横向きに座るのではなく、前向きに座る座席というのも、
 旅行してるっていう気になれてうれしいですね。


 でも、大垣と米原の間は、大動脈だという自覚をもう少し持ってもらいたいですね!
 乗換が短かったり、みんながみんな移動するから競争です。
 18きっぷの常連さんからは、大垣ダッシュ、米原ダッシュと呼ばれているそうです。
 

 ちなみに、大阪の帰りにもまた名古屋で一泊しました。
 名古屋グルメということで、矢場トンの味噌カツ丼をいただきました。

oo3.jpg


 今回の旅行は食べてばっかりで罪悪感が生まれるほど幸せです。
 味噌の味つけが有名な名古屋ですが、これは癖になる味ですね。

長野にも行ったずら


 どうもこんばんはライネです。
 無事に帰ってきたのですが、無事と言うにはいろいろありました。

 まず、名古屋の朝と言えばモーニングと言われたので、
 つい先日にもお世話になったコメダ珈琲でモーニングを注文しました。


 でも、「モーニング」っていうメニューがあるのではなく、
 飲み物を頼むと、自動的にモーニングというサービスセットが付いてくるようです。

モーニング

 普通の感覚で言うと、逆だという議論は既に尽されているのでしょう。


 そして、来たルートで帰ればいいんじゃないかと思うのですが、
 青春18を使うんだから、ルートを変える方が面白いという主張によりまして、
 名古屋から中央線で帰ることになりました。

 結果として、こんな行程に。

リザルト

 中央本線を名古屋から長野に抜けようとすると、すぐ横を木曽川が流れているので、
 景色は良いのですが、予想以上に電車が混雑していました。

 名古屋から長野に抜けるのも、長野から東京に行くのも、特急の方がたくさんあるようで、
 普通列車にしか乗れない18きっぷで行こうとすると、1日に何本かしか選択肢がなく、
 混雑しやすいようです。

 東京周辺の満員電車に比べれば大したことはないのですが・・・。




 ついでに、先生の用事で諏訪湖に行ったのですが、暑い中ではありますが、
 上諏訪駅には駅の構内に足湯があるので、楽しませていただきました。

足湯


 そして毎度恒例ではあるのですが、甲府駅で信玄餅を購入し、帰ってまいりました。
 青春18切符が11,850円、全旅の行程が一人2万円以上とのことで、半額くらいで行けたようです。
 その分、宿泊費と各地で色々と豪勢なご当地御飯を食べられたので、良しとしましょう。

 ああ、でも、もう当分旅行は十分です・・・。

台湾に行きたいわん


 どうもこんばんはライネです。
 ずいぶん長いこと巡検編に費やしてしまった気もしますが、今日から通常営業です。

 前回、香港がイギリスの植民地となったという話をしましたが、
 中国(清)はその後、日本との戦争(日清戦争)にも負けてしまいます。


 その結果、「このままだと中国は本当にマズイ」と考えた人々によって、
 中国と言う国を根本から変えようという「辛亥革命(しんがいかくめい)」が起こります。

 それまでの中国はいわゆる王様が支配している「君主制」の国でした。
 辛亥革命によって一般人がみんなで政治を行う「民主制」の国へと生まれ変わったのです。
 こうして誕生したのが「中華民国(ちゅうかみんこく)」という国です。


 さて、中華民国が誕生したのはいいのですが、なかなか国内が安定しません。
 そもそも、中華民国の誕生と清の終焉には少しタイムラグがあったらしく、
 中国という地域には、南の中華民国と北の清がある状況が2か月ほど続いたそうです。

 また、中華民国の初代トップは「孫文(そんぶん)」という人だったのですが、
 軍事力は清の軍隊をまかされていた「袁世凱(えんせいがい)」さんが持っているという状況でした。

 このあたりで再び混乱しつつ、袁世凱さんの死後は中華民国が分解状態になってしまいます。
 けれども戦国時代のように国内がバラバラになっていたら他の国の植民地になってしまいます。
 そこで孫文さんは「国民党」というグループを結成して、国をひとつにまとめようとしました。


 ところがソビエトの影響をうけた「共産党」というグループがあり、実際には国内が2つに分かれていたのです。
 一応、孫文さんの死後、「蒋介石(しょうかいせき)」さんによって国民党が全国をまとめることになりますが、
 共産党も根強く各地に残っており、「第二次世界大戦でそんな場合じゃねえ」と考えるまで内戦が何度もおこりました。


 そして第二次世界大戦直後、一度は落ち着いていた国民党と共産党は大規模な内戦へと突入します。
 結果、国民党はコテンパンにやられ、とうとう首都(南京)を共産党に支配されてしまいます。
 こうして中華民国は消滅し、共産党がまとめる「中華人民共和国」が誕生しまし・・・・た。



 と、思うでしょ?



 実は中華民国は現在もあるのです。
 この辺りは難しいところで、正式な場所で「ある」と言うわけにもいかないようですが、
 じゃあ完全に「ない」と言えるかというと、そういうわけでもないのです。
 
 中華民国をまとめていた国民党は共産党に首都を奪われたあと、
 「台湾」まで逃げ、その地で現在も中華民国という国を続いていることになっています。


 けれども、少なくとも日本の公式な立場やテレビ新聞などでは、台湾を「中華民国」とは呼びません。
 というのも、中国という地域を支配しているのは紛れもなく中華人民共和国という国で、
 中華人民共和国は台湾も自分の領土だと正式に主張しています。

 そして、日本を含む他の多くの国は中華人民共和国を正式な国と認めている関係上、
 「台湾という地域を領土とする、中華民国という独立国がある」と言ってしまえば、
 中華人民共和国の主張を無視することになってしまうのです。


 ですので「中華民国」という国名ではなく、「台湾」という地域名で呼ぶわけです。
 とはいえ、APECのように正式に国として扱うことを控えているものの、
 事実上はひとつの国と同等の立場として考えることは多いようです。
プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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