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ヨーロッパがひとつに


 どうもこんばんは、ライネです。

 最近、空いている時間を使ってそれ町年表を作っています。
 完結したら公式の年表が発表されるはずなので、
 待っていればそのうち正確なものがわかるのですが、
 今でなければできない苦労を楽しむのです!

 
 さて、冷たい戦争こと冷戦の話はまだまだ先が長いのですが、
 詳しくはまた別の機会にするとしまして、
 今日はもうひとつの世界平和について見て行こうと思います。


 世界地図を使ってみるとわかりやすいのですが、
 ヨーロッパは東側でロシアと接しています。

東西冷戦とヨーロッパ


 この地図は水色の部分が昔ソビエトだった国や、ソビエトの影響を受けていた国です。
 そして緑色の部分はヨーロッパでもソビエトの影響を受けていなかった国です。
 ヨーロッパを中心に見ると、東と西で冷戦の対立が起こっていることがわかります。

 また、第一次世界大戦、第二次世界大戦では主な戦場となったヨーロッパですし、
 それ以前にもナポレオンを初め幾度となく戦争を経験をしてきましたので、
 なんとか平和を保ちたいという考えは古くからあったようです。


 そこで、戦争をなくすためにヨーロッパでも国を越えた協力体制ができました。
 それが現在の「EU(ヨーロッパ連合)」というわけです。


 まあ、考えようによってはA君とBさんは顔を合わせるたびにケンカしてしまうので、
 結婚すればケンカはしないだろう(夫婦ケンカはするかもしれないけど)
 という理論だと思えばなんとなくわかると思います。

 あとは夫婦で同じ経済を共有したり、武器になるものを一緒に管理すれば、
 少なくとも黙って戦争の準備はできないだろうという思惑もあったようです。


 というわけで明日からEU編です。
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ヨーロッパがひとつに① ECSC

 どうもこんばんはライネです。
 今日からは「EU(ヨーロッパ連合)」について詳しく見ていきましょう。


 昨日の説明を簡単におさらいしておくと、
 第二次世界大戦でボロボロになったヨーロッパは、
 さらに二大大国に挟まれているという状況にありました。

 そこで、もう二度と戦争が起こらないように、
 さらに、みんなで協力していけるように、国を越えてひとつにまとまろうとしたわけです。

 一応、最終的な目標みたいなものとして、
 「ヨーロッパ合衆国」のようなものを目指してはいるものの、
 これについては現在、少々足踏みが続いているようです。

 そんなEUはどのように生まれたのか、順番にゆっくり見ていきましょう。


 まず、第二次世界大戦が終わったすぐ後、
 1946年に「欧州評議会」をつくろうと動きだし、1949年に正式に発足します。
 この組織はヨーロッパをひとつにするための国際機関です。

 欧州評議会そのものは現在も更なるヨーロッパ統合の為に活動しているので、
 EUとは協力関係にあるものの別の組織ですのでご注意ください。
 EUがひとつの国だとしたら、
 欧州評議会はその国を作るための話し合いの場みたいなもののようです。


 さて、ヨーロッパがひとつになる第一歩は、「石炭」と「鉄鋼」でした。
 この2つは少なくとも当時の戦争には欠かすことのできない資源です。
 これらを一緒に管理することは、こっそり戦争の準備なんてできなくなることを意味しています。
 
 本来はドイツとフランスだけで作る予定だったようですが、
 オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、そしてイタリアも参加する組織として誕生しました。
 これを「ヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)」と呼んでいます。
 
ヨーロッパ統合への道1


 ※ドイツはこの当時、東西に分かれていたので、通称「西ドイツ」だけが加盟。
  東ドイツはソビエト側の国だった。

ヨーロッパがひとつに② EC?


 どうもこんばんはライネです。
 EU(ヨーロッパ連合)ができるまでの歴史を追いかけております。

 昨日は戦争をしないためにヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)が誕生しました。
 そして、その6年後1957年には「ヨーロッパ経済共同体(EEC)」と、
 「ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)」が誕生します。


 まずヨーロッパ経済共同体(EEC)とは、
 みんなで協力して経済発展していくための「関税同盟」を目指したようです。

 関税とはまた別の機会で詳しく説明しようと思いますが、
 要するに他の国からやってきた商品にかける税金です。


 例えば他の国から安い商品がどんどん入ってくると、
 多くの一般国民からすれば嬉しいかもしれませんが、
 同じ商品を作っている人からしてみれば、商売あがったりです。

 ですので、税金をかけて、国内の商売をまもっているわけですが、
 これを取っ払おうと言うものだと思ってください。

 
 

 そしてヨーロッパ原子力共同体(EURATOM)とは、
 これからのエネルギーである原子力の利用や研究を一緒にやろうというものです。
 ある意味、「IAEA(国際原子力機関)」のヨーロッパ地域限定版とでも言いましょうか。


 とはいえ、これら3つの組織ができたときに加盟した国は全部同じでした。



 だったらひとつの組織を作っちゃえばいいんじゃないのと思います。
 実際、これらをまとめて「ヨーロッパ共同体(EC)」というものができた。
 と、色々な本に書かれているのですが、どうにも少し違う所があるようです。


 「3つまとめてヨーロッパ共同体」と聞くと、完全に合体したものに思えてしまうのですが、
 実際の所、現在でもヨーロッパ原子力共同体は、加盟国こそEUと一緒ですし、
 EUによって運営されているのですが、別の組織なのだそうです。


 これには人間の「我がまま」が関係しているようです。
 例えば、全体的に見れば上手くいくことが多いといっても、
 「今日から隣の人の家とくっ付けて、何もかも一緒に生活しましょう」
 と、言われたら素直にできるでしょうか?
 どうしても「ここは譲れない」というところもあると思います。

 ヨーロッパがひとつになれば経済的にも良くなるし、戦争も起こらなくなるといっても、
 「原子力ってなんか怖くない?」という人が少なからずいるわけです。


 そういう人がたくさんいると、せっかくひとつにまとまろうとしても、
 やっぱり反対ということになりかねないので、
 「EUが直営ではあるけれど、EURATOMは別物」という扱いになっているようなのです。


 これは当初のヨーロッパ経済共同体も同じで、
 実際に3つの組織がまるっとひとつの「ヨーロッパ共同体」になったのではなく、
 3つの組織をまとめて、とりあえず「ヨーロッパ諸共同体」と呼んでいる。
 というのが正しいようです。

ヨーロッパがひとつに③ ECの拡大


 どうもこんばんはライネです。
 EUができるまでの歴史を追いかけて3日目になります。

 石炭鉄鋼、原子力、そして経済に関する6カ国の協力組織が誕生して、
 全部まとめてECと呼ばれるようになったわけですが、
 今日はECに新しい仲間が増えた話をしましょう。


 まずその前にヨーロッパには現在も、もうひとつのチームがある事をご存じでしょうか。
 その名も「ヨーロッパ自由貿易連合(EFTA)」と言います。

 EFTAは「ヨーロッパ経済共同体(EEC)」ができたそのあとで、
 EECに加盟しなかったイギリスを中心に作られました。

EFTA加盟国

 加盟国はイギリス、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、
 オーストリア、スイス、ポルトガル。
 その後、アイスランドとフィンランド、そしてリヒテンシュタインも加盟します。



 が、どうやらイギリスなどのいくつかの国は元々はECに入りたかったようです。
 けれども当初はEC側の反対もあって入れず、EFTAを立ち上げたようです。

 1973年になって、EC側が受け入れを認めたことで、
 イギリス、デンマークはさくっとEFTAを抜けてECに加盟します。
 また、どちらにも加盟していなかったアイルランドも同じ時にECに加盟します。


 そして、その後、ギリシャ、スペイン、ポルトガルが次々に加盟して、
 ECは2倍の12カ国となりました。

EC加盟国

ヨーロッパがひとつに④ 東ドイツの崩壊


 どうもこんばんはライネです。
 ヨーロッパの統合について4日目となります。

 昨日の説明でEC(ヨーロッパ(諸)共同体)加盟国は12カ国となったわけですが、
 1990年に国は増えないものの、EC加盟地域が増えるという歴史的な事件が起こります。


 その舞台となったのがドイツです。
 少しドイツの歴史を見てみましょう。
 ドイツは第二次世界大戦後4カ国が別々に管理していたのだそうです。

戦後のドイツ

 日本ももしかしたらこういう状況だったかもしれないと言う話は、以前しましたね。

 そしてその後、冷戦が起こります。
 ドイツを管理する4カ国のうち、アメリカ、イギリス、フランスは西側(資本主義側)なので、
 これが結びついて「西ドイツ(ドイツ連邦共和国)」として独立します。

 もしも日本が分割統治されていたら(戦争で多少の変化はあったかもしれませんが)
 関東と中国、九州地方が結びついて日本連邦国が誕生していたのかもしれません。

 一方、ロシア側は「東ドイツ(ドイツ民主共和国)」として独立しました。
 北海道、東北、四国地方が結びついて日本民主国が誕生していたのでしょうか。

東西ドイツ

 で、東と西のふたつの国は、全く別の国として対立して行ったようです。
 ところが東ドイツは一時は経済も好調だったようですが、
 だんだんと社会主義国全体で不況がおとずれ、東西ドイツの経済に大きな違いが現れました。


 そんな状況で、社会主義につきものだったある種の独裁に対する不満から、
 東ヨーロッパのいくつかの国で変化が起こります。
 特にハンガリーの変化はとてつもなく大きな影響を与えました。

 ハンガリーは社会主義国ではあるものの、
 独裁をやめて自由な国へと変化していったのだそうです。

 また、ハンガリーは隣のオーストリアと元々ひとつの国だったこともあり、
 1989年には、ハンガリー人は自由にオーストリアに行けるようになったようです。


 
 一方、東ドイツはガッチリと社会主義国を貫き、東西ドイツの間は、
 「ベルリンの壁」によって、自由に行き来するようなことはできませんでした。
 もしも、勝手に壁を越えて行くようなら、殺されてしまう危険もあったようです。

 ところが、ハンガリーとオーストリアが自由に行き来できるようになったことで、
 「ハンガリーを経由してオーストリアに行けば、西ドイツに行けるんじゃないか?」
 と考える人が現れたのだそうです。


 一応、ハンガリーはまだ社会主義国で、東ドイツも社会主義国が相手なら、
 自由に旅行してよいと言うしかないので、ハンガリーまでならだれでも行けます。

 残念ながらオーストリアに行けるのはハンガリー人だけだったので、
 そこから先には東ドイツ人はいけなかったらしいのですが、
 オーストラリアとハンガリーは、「もうドイツ人も通してあげよう」と考えます。

ヨーロッパピクニック
 
 さて東ドイツは勝手に国民が西ドイツに行ってしまう状況に困りました。
 ところが、運がいいのか悪いのか、当時の東ドイツのトップだった人は病気中で、
 この状況に対応することができません。

 そこで、東ドイツはハンガリーに行けないように国境を封鎖してしまいました。
 これには「俺たちは同じ社会主義国が相手でも旅行できないのか!」と不満が爆発します。

 そこで、「外国に旅行に行くときには、ちゃんと許可さえ取れば良い」という、
 新しいルールが作られたのですが、事件はこれを発表する時におこりました。


 新しいルールを発表する人が、よくわからないまま発表したのです。
 「今は国境を閉じてあるけれど、新しいルールを作ったからよく聞いてくれ。
  東ドイツ国民は、どの国境からでも外国に行っていいよ」(意訳)

 この記者会見を聞いていた人が「このルールはいつから使えるんですか?」と聞きます。
 すると、よく文章を読んでいなかったので「今から!」と言ってしまったのです。


 この生中継を見ていた人々は「今この瞬間から自由に西ドイツにも行ける!?」
 と勘違いしてベルリンの壁に集まります。
 国境をまもる人々はそんなことを知らされていませんでしたが、
 押し寄せる国民をどうすることもできず、国境を開くしかありませんでした。


 こうして、東ドイツはどうとう崩壊し、西ドイツに吸収合併されることとなります。
 東ドイツが「ドイツ連邦共和国」に吸収されたことで、ECに国の数は増えなくても、
 旧東ドイツが加わったということになりました。
プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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