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国際連合ができるまで①


 どうもこんばんはライネです。

 今日はこれまでにも度々登場した「国際連合」について見ていきましょう。
 そもそもこの国際連合はどのようにして誕生しかのでしょうか。


 誕生そのものを見るのはわかりやすいのですが、
 その経緯をたどっていくととんでもなく長くなります。
 まさに、ピタゴラスイッチのように色々な事件やできごとが重なって、
 国際連合は誕生したようです。


 どこから話を始めたらいいものか悩ましいのですが、
 せっかくなので、最近やった君主制と共和制の話にちなんで、
 200年以上前にさかのぼってみようと思います。
 どう考えてもここまでさかのぼるのは、やり過ぎだとは思いますが!


 さて、1780年代のフランスでは王様というか、
 王様が支配する君主制というもの事態に不満があったようです。
 そこで、王様をひっくり返して共和制の国になるという大革命がおこったそうです。
 これを「フランス革命」と呼んでいます。

 ところがフランスの周りにはまだまだ君主制国家がたくさんあり、
 隣の国の話とはいえ、傍観してはいられないという状況だったようです。
 その結果「フランス革命戦争」が起こります。

 そんな大混乱のフランスの中で、めきめきと力を付けたのが「ナポレオン」という人です。
 ナポレオンさんは戦争中に大活躍したこともあって、政治を任されるほどになりました。
 どういうわけか、共和制になったフランスですがナポレオンの子孫を皇帝とする
 君主制のようなものに逆戻りしてしまったようです。

 こうして、フランスを中心にヨーロッパがとんでもないことになるわけですが、
 手を広げ過ぎた結果、フランスのナポレオンも失脚して、
 再び君主制のフランス王国となります。



 さて、この大混乱のヨーロッパがひと段落ついて、
 このあとどうしようかという話し合いが行われました。
 これを「ウィーン会議」と言います。

 けれども、新しく誕生したフランス王国では再び君主制への反乱もあり、
 革命が起こり、革命の動きはヨーロッパ各国へと伝わっていったようです。


 結果的に、ウィーン会議で決まったヨーロッパのひとまずの安定はおかしくなり、
 ナポレオンやウィーン会議によって領土がバラバラになっていたドイツがひとつにまとまりました。
 まとまるのは良いことなのですが、ドイツが強くなると隣のフランスとしては心配です。

 そんな中で、ドイツからしてみても、ここでフランスは叩いておかないと後々大変だということで、
 フランスとドイツの間で戦争へと発展していったようです。

 
 これにドイツは勝つわけですが、フランスは徹底的に黙らせておかないと困ると考えたドイツは、
 周辺のオーストリアやイタリアと同盟を結んで対フランスの姿勢を見せます。
 これを「三国同盟」と呼んでいます。


 第二夜へ続く。
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現在この世界のことを勉強中。
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