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日本の仏教⑤ ~奈良の仏教まとめ~


 どうもこんばんは、ライネです。

 ここまで奈良時代の仏教について見てきましたが、
 奈良時代、特に聖徳太子さんは仏教の教えを使って政治を行ったようです。


 聖徳太子さんの死後、以前少しだけ登場した「大化の改新」という出来事が起こります。

 この前後の出来事も無関係ではないのですが、
 ざっくり説明するならこれ以前の日本は、天皇も偉いけれど、地方にも力を持ってる人(豪族)が居て、
 ひとつにまとまってはいるけれども、どこかしらあやうい状況だったようです。

 これは私の推測になりますが、日本でそれ以前から信仰されていた神道では神様がたくさんいるので、
 ある意味では宗教的にもひとまとまりと言う訳ではなかったのかもしれません。

 そこで、天皇に全ての権力を集中させ、さらに色々な神様を信じるのではなく、
 自分を磨くタイプの宗教である仏教を広めていく必要があったのではないでしょうか?


 このような政治的、宗教的な改革が終わると、全国に「国分寺(こくぶんじ)」というお寺が建てられました。
 遠い昔のお話しではあるのですが、この頃に建てられたお寺などは全国各地に残っているらしいので、
 最後にそのあたりのことをまとめておこうと思います。


 まず、奈良の大仏でおなじみの「東大寺(とうだいじ)」、これは華厳宗のお寺です。
 大仏の名前は本当は「盧舎那仏(るしゃなぶつ)」と言うらしいのですが、
 この仏様は個人としてのブッダではなく、宇宙の真理であるブッダを表現しているのだそうです。

 そして、世界で最も古い木造建築物である「法隆寺(ほうりゅうじ)」。
 これは現在では異なる宗派のお寺と言うことになっているのですが、
 元々は法相宗のお寺です。
 現在も法相宗であるお寺としては「薬師寺(やくしじ)」や「興福寺(こうふくじ)」などがあります。


 最後に「唐招提寺(とうしょうだいじ)」。
 これは鑑真和上のために建てられたお寺ですので律宗のお寺です。

鎌倉に行くのです


 どうもこんばんはライネです。

 明日は鎌倉に遊びに行く予定です。
 天候が不安ですが、予定では江の島と鶴岡八幡宮に行くつもりです。
 というわけで、今日は下調べをしたいと思います。


 まずは江の島。
 江の島は地形的には、「陸繋島(りくけいとう)」というものでした。
 地形の詳しい説明は2013年3月28日の「陸繋砂州と陸繋島」をご覧ください。

江の島陸繋島

 地形について調べていたのはもう2年近く前の話なので、忘れてるところも多い気がしますが、
 こうやって調べた地形を実感できるところに行けるのは嬉しいですね。
 ただ、上空からの写真に比べると、地上からの写真ではわかりにくいかもしれませんが…

 ちなみに江の島の歴史を調べてみると、どうやら2万年以上前は陸続きの岬だったようです。
 その後、海面上昇(陸地の沈降)がおこり、
 繋がっている部分が海に沈んで島になったのだそうです。

 その後、今から700年くらい前に一度隆起して、再び陸続きとなり、
 さらに1923年に発生した関東大震災によってさらに島が隆起して、
 南側の岩場(海食台)が作られたようです。

 また、宗教的にも重要な場所とされてきたらしく、
 特に弁天様の信仰が盛んになっているようです。
 聖☆おにいさんでも、全裸で楽器を弾くロックな弁天様が紹介されていました。

 なお、弁天様は正しくは「弁才天(べんざいてん)」といって、
 仏教でいうところの梵天さんや帝釈天さんと同じ天部の神様です。
 この様な仏教の神様はインドで古くから信仰されていた神様を受け入れているのだそうです。
 ですので、弁天様はインドの宗教である「ヒンドゥー教」では「サラスヴァティー」と呼ばれています。



 続いて、鶴岡八幡宮。
 ここについて説明するには、「源頼朝(みなもとのよりとも)」と言う人を説明しなければいけません。

 この前まで説明していた奈良時代の後、平安時代という日本史上の区分があるのですが、
 この時代をざっくり説明してしまうと、
 奈良時代に始まった天皇を頂点とする政治がゆるやかにおかしくなっていった時代のようです。

 まず、天皇が全てを支配するというのが難しくなり、やっぱり地方は地方の人に任せようとなります。
 ただ、そうなると力を付けた地域は中央の話を聞いてくれなくなるので、軍事力が必要になってきます。
 この軍事力というのが、いわゆる「武士」という人々になるわけですが、
 そのトップに立ったのが「平家(へいけ)」と呼ばれる一族でした。

 ところが、平家がだんだんと力を付けていくと、天皇中心の政治にも口を挟めるようになってきます。
 で、最終的には平家中心の軍事国家となるのですが、これに反対する勢力もあり内乱が発生します。
 この内乱を制したのが、「源氏」と呼ばれる一族で、その一番偉い人が源頼朝さんというわけです。


 そんな源頼朝さんは奈良、京都とこれまでの政治の中心であった関西地方から、
 一気に関東の鎌倉で政治を行います。
 何をもって首都とするかは難しいところではありますが、もし政治の中心都市を言うならば、
 鎌倉は一時期、首都であったとも考えられるわけです。

 ただ、実際には天皇家を倒して新しい国になったと言う訳ではなく、
 天皇から政治を任されて行っている団体という形らしいので、そのあたりは難しいところです。


 で、話を戻すとそんな鎌倉でまつられた神社と言うのが鶴岡八幡宮というわけです。
 奈良時代に仏教で国をまとめたのに、ここにきてまた神社と言うのも興味深いところだと思います。

いざ鎌倉!


 どうもこんばんはライネです。


 行ってきました鎌倉、江の島。
 と言う訳で今日はその報告です。

 予報通り、今日はお昼から雨だったのですが、わりと短時間で止んでくれたので助かりました。
 朝は雲がおおかったものの、途中までは降られずに済みましたしね。

 まず江ノ電に乗って江の島に向かいます。
 この、江ノ電と言う電車が何とも不思議で、家と家の間を通り過ぎたり、普通の道路を走ったりと、
 バスのような電車でした。

江ノ電

 そして、江の島。
 事前の調べでは陸と砂州によって繋がっているはずでしたが、
 立派な橋が架けられていて、どういう具合になっているのか陸繋砂州が解りませんでした。

 もちろん一部には砂があるのですが、
砂州1


 潮の満ち引きの関係からか、一部は完全に海になっていて、
砂州2


 江の島の高いところから取った写真では、陸繋砂州ではないようです。
 Wikipediaの書き方でも、時間によっては完全に陸と離れてしまっているようです。
 なので、これが本当に陸繋砂州なのかちょっと怪しいところなのかもしれません。
 少なくとも常時つながっているのではないようです。

砂州3


 江の島に実際に行ってみると、かなり急な山でした。
 要所要所に有料のエスカレーターが設置されているのですが、
 奥の方まで行くと石の階段しかないので、先生は喋ることができないくらい息が上がっていました。
岩山

 
 弁天様が祭られている神社や、洞窟、そして心惹かれるお土産屋がたくさんあり、
 見どころ十分だと思います。
弁天様


洞窟


 そして今度は鎌倉へ。
 お昼前くらいから雨が降りだしてしまい、こんなに海の近くを通ったのに残念でした。
雨の鎌倉

 ちなみにここはスラムダンクの聖地(の近く)なのだそうです。


 鎌倉につくと、雨が上がっていたので、ふらふらとお土産街を歩きながら、鶴岡八幡宮へ。
 こちらも高いところにありました。
 生憎写真を撮らなかったのですが、こんなに街に近いのにカラスに交じって鷹かトンビかが飛んでいて、
 鳴き声が独特でした。

 食べ歩いているのを狙っているのでしょうか・・・

日本の仏教⑥ ~平安仏教~

 どうもこんばんはライネです。

 さて今日は再び仏教について見ていきましょう。
 奈良時代の仏教は国が猛烈なバックアップをしていたわけですが、
 段々と制御ができなくなってしまったのだそうです。
 力を付けたお寺などは、だんだんと政治にも口を出すようになっていたそうです。


 例えば法相宗の「道鏡(どうきょう)」と言う人は天皇と仲良くなったことで、
 法王という位を授かりました。

 これは日本の仏教を全て支配するような権限があり、
 また、政治も仏教に強く影響を受けていたので、他の大臣からすれば受け入れられないことでした。
 しかも、道鏡が天皇になれば平和になるなんていうお告げがあるなど、
 天皇の権力まで脅かすほどの状況だったようです。


 そんな流れもあって、もう一度仏教との関わり方をリセットするために、
 奈良から京都へと政治の中心地が変わります。
 794年の平安京遷都という出来事です。
 ここからが平安時代の始まりです。

 そして新時代に新しい仏教を受け入れることで、奈良の仏教の影響力を小さくしていったようです。
 具体的には国と深いかかわりのある仏教ではなく、
 本来のストイックな仏教を続けていた人々をバックアップすることになりました。

 特に有名なのが「最澄(さいちょう)」さんと、「空海(くうかい)」さんです。
 この人たちが国を代表して中国に留学し、仏教を直接学んでくることで、
 日本に「天台宗(てんだいしゅう)」と「真言宗(しんごんしゅう)」がもたらされます。

日本の仏教⑦ ~天台宗~

 どうもこんばんはライネです。

 今日は平安時代の仏教について詳しく見てみようと思います。
 まずは「天台宗(てんだいしゅう)」から。

 この宗派はどうやら中国にもあるようなのですが、
 日本の天台宗は少々中身が異なっているようです。


 このあたりの経緯をざっくり押さえると、
 奈良時代の仏教(律宗)で登場した「鑑真和上」さんは、
 実は中国の天台宗に関する知識(書籍)も日本に持ち込んでいたのだそうです。

 これに触れた「最澄(さいちょう)」さんが、中国に留学して本場の天台宗を学び、
 日本で若干のアレンジを加えて始めたのが日本の天台宗のようです。


 どちらも「法華経(ほけきょう)」という経典を中心にした宗派ですが、
 中国の天台宗が「円教」というものを中心とする宗派なのに対して、
 どうやら日本の天台宗は円教の他にも、戒律、禅、密教という考え方も含まれているのだそうです。


 円教というのは、簡単に言えばブッダのようになるためには3つの方法があって、
 以下の3つの方法のどれかを行えばよいという考え方の様です。

 ①ブッダの残した教えを学んで修行する方法。
 ②一人で悟りを開いて、他の人には教えない方法。
 ③人(生物全般)を助ける方法。


 戒律は「大乗戒(だいじょうかい)」と呼ばれる大乗仏教を信じるうえでのルール(マナー)ですが、
 特に最澄さんは「円頓戒(えんとんかい)」というまた独自のルールを重要視したようです。
 
 「禅(ぜん)」は胡坐をかくように座って、手を組み、精神を集中させる修行方法です。

 最後に密教ですが、どうやらこれについてはもう一人の重要人物、
 空海さんのほうが詳しいらしいので、こちらは明日説明しましょう。


 なお、天台宗のお寺としては「比叡山延暦寺(ひえいざんえんりゃくじ」という所が中心のようです。
プロフィール

ライネ

Author:ライネ
ライネと申します。
先生の家に居候するラザフォード人です。
現在この世界のことを勉強中。
リンクとかもろもろ含めて商業的利用以外ならご自由にどうぞ。面白そうな企画には飛び乗ります。

合言葉は「真面目な事を不真面目に!」
記事の真偽は自己責任でお願いします。

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